【人間失格】新潮文庫
「私は、その男の写真を三葉、見たことがある。」の書き出しがすごく印象に残っている。その一葉に写っている男の子が、顔は笑っているのに手を固く握り締めており、「人間は、こぶしを固く握りながら笑えるものでは無いのである。」との部分を読んだ時、当時の私は人間の内面の深さ、複雑さに衝撃を受けた。その後は、もうその文章に、その物語に、ずんずんと引き込まれていって一気に読み終えてしまった。でも、たぶん、人生経験や感情、感受性のまだまだ未熟だった私は、どうして主人公がこんなに負の方向へと止め処なく落ちていくのかは全然理解できず、「暗い、キツイ、苦しい」としか感じなかったと思う。ただ、読み終えた満足感に浸ったという記憶は残っている。
その時から数え切れない時間がたった今、読み返してみると今さらながらに感じ入って深い溜息が漏れた。デカダンスの極み。傍から見て正常と思われる人間が、徐々に壊れていき廃人へと堕ちていく。道化者や美青年としての外見からは、計り知れない内面でうごめく抗う事のできない真の心の恐怖。取り巻く環境は変わっても、おそらく今の時代にも通ずる心の闇といえるのではないかと思う。ある意味、人間誰しもが持つ、ほんの少しの狡猾さや要領の良さを自分に良しと出来ていたら、もしかしたら、その堕落にブレーキもかけられたのかもしれない。そして、太宰治も自戒などしなかったかもしれないと思う。でも、逆に考えると、それだから数々の名作を残すことが出来たとも言えるのかも。
久しぶりに古典的な名作を読むと、ほんとーぅに日本語っていいなぁと思った。昨今、造語がたくさん出来てくるのはいいとしても、基本的な文章の流れや形は崩れていって欲しくないなと思う。日本語のわびさびは、ずーっと受け継がれていって欲しい。
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